NORの目に映る世界。 NORというフィルターを通すと、こんな風になってしまうんです。 子供の頃は、汚い街だと思ってた。 大人になって、儚い街だと気がついた。 それならいっそ、浮かれて暮らそうじゃないか。 無情な現を嘆きながら。

2012年06月11日

Life Of The Moon

それはそれは月の綺麗な夜でした。
森の奥深く、白い狼は住んでいます。

「今日は特別月が明るい・・・。」

狼は、食事の代わりに月の光を食べて生きていました。
狼は夜の、それも月の出る間しか外に出ることが出来ません。
昼間や月が雲に隠れる夜は洞窟の中で、ひっそりと、身体に蓄えた光を食べて生きるのです。

狼が月の光を食べに、洞窟から重い体を引きずり出てきます。
空にはまるでビスケットのような満月がポッカリ、浮かんでいました。

「今日は特別月が明るい。」

狼はもう一度呟きます。

月の光で白い毛並みは青いまでに白銀です。
森の中をゆっくり進み、時折後ろを振り返り、自分の踏んだ枯葉を見ては、悲しい気持ちになるのでした。

こうして月の出る夜、狼は森中を歩き回るのです。

ところがどうしてでしょう。
特別月が明るいその夜だけは、いつもと何かが違うのです。
自分とは違う、誰が別の呼吸が地面を通して聞こえてくる様でした。

その呼吸を辿って、狼は狭い森をひたすら歩きました。
近づく呼吸は小さく、それでも確実に狼の白銀の身体を揺さぶります。
いつしか月は空の真ん中へ昇っていました。

狼が辿り着いたのは、森で最も大きく長く生きる樹の麓でした。
そこに居たのは、小さな小さな少女でした。
森の中で人を見るのは初めてでした。
少女は小さな身体を丸め、大木に縋りつくように寝息をたてていたのです。

狼は戸惑い、このままにしておくべきか、迷いました。
迷って迷って迷って・・・狼の出した答えは・・・。


狼は独り、洞窟へ向かいました。
何故って・・・だって狼は、人とどうして関わり合うのか、その術を知らなかったのです。
洞窟の中で、次の夜を待ちました。
長い長い太陽の時間を、暗い暗い洞窟の中で過ごします。

また、夜がやってきました。
今日も月は美しく、狼の毛を白銀に染め上げます。
狼は森を歩きました。
そして今日も、あの大木へ向かいました。
ずっとずっと気になっていたのです。
少女はどこから来て、どこへ向かうのか。
でも狼は人と触れ合う術を持ちません。
生まれてから死ぬまで、きっとこの狭い森以外と関わることなく生きていくのだと、そう思っていたのです。
今日そこに少女が居るかどうかはわかりません。
しかし狼には確証がありました。
今日も少女は、あそこに居る・・・と。

狼は大木をぐるりと一周しました。
少女は、そこにいませんでした。
狼は疲れた手足を折り、少女がもたれていた場所へ寝転びます。

どのくらいそうしていたでしょう。
空が瑠璃色に変わる頃、背中で枯れ木の折れる音がしました。
少女です。
少女はそこに居たのです。
ずっとずっと、狼の様子を伺っていたのです。

「狼さん・・・貴方はここに住んでいるの?」

少女は小さな声をもらします。

「私は・・・月の光を連れてここで生きるのです。」

狼は震えた声で答えました。
人と言葉を交わしたのは生まれて初めてのことでした。
ようやっと搾り出した声は、まるで虫の呼吸の様でした。

「狼さんの夢を見てここへ来たの。神様がここに来いと。貴方を見つけなさいと。」

狼は走り出しました。
少女の目が怖くなって、逃げ出したのです。
追いかけてくる少女の足音がやがて小さくなり、風の音に紛れました。
狼は立ち止まり、後ろを振り返ります。

こんな暗い森の中で独り、少女はどれだけ心細い思いをしただろうか。
私は慣れたが、あの子はどうだろう?
一晩大木にもたれ、どんな夢を見ただろうか。
あの子は私を探しに来たと、そう言ったのだろうか。

気がつくと狼は大木へ向かって走り出していました。

放っておけない。
今度は私が貴女を探す番だ。
どこへも行ったりしないでおくれ・・・。

太陽が昇り始めたことにも気付かず、狼は走り続けました。
大木へ戻っても少女の姿はなく、待ってもさっきのように現れることはなかったのです。

狼は探しました。
森中の木々を潜り抜け、耳を立て、鼻を利かせ、目を光らせました。
身体に残る月の光はあと僅か。
それでも休む暇はありません。

どこだ
何処だ
ド コ ダ

狼は疲れ果て、足も傷だらけになりました。
蓄えた光も使い果たしてしまいました。
もう立ち上がる力すら残っていません。
月が昇るまでもう少しなのに・・・。
狼はとうとう目を閉じてしまったのです。


狼は暗い洞窟の中で目を覚ましました。
空にはポッカリ、ビスケットのような満月。
月の光は狼の身体を白銀色に染め上げます。

「今日の月は・・・。
「今日の月は特別綺麗よ、狼さん。」

聞こえてきたのは少女の声でした。
振り返ると、少女は、出会ったままの姿でそこへ居たのです。
ただ違うのは、大木ではなく白銀の毛に埋もれていたことだけ。

「神様が言ったの。貴方を探しなさいと。探して見つけてそして・・・傍にいるだけでいいと。」

少女は狼の傷付いた身体を撫でながら、子守歌を歌い始めました。
透き通る、まるで雨のような歌声でした。

「私は、月の光を食べて生きています。貴女は何を食べて生きるのですか?」

狼は疲れた身体をゆっくりと起こします。

「狼さんが連れてくる月の光を少しだけ、分けて頂戴。そしたらあたしは貴方の傍にいられるから。」




森の奥深く、白い狼は住んでいます。

「月が美しい・・・。」

今日もまた、狼は少女のもとへ帰ります。
月の光を引き連れて・・・。








  


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2012年02月06日

眠れぬ明日は傍にいて。

カチャカチャと無機質な金属音だけが部屋に響いている。
彼と向かい合わせで取る食事。
もう何日目だろう。
私が、朝食はパン派であることを彼は最初から覚えてくれていた。

「美味しい?」
「うん」
「そっかそっか、良かった!ゆっくり食べな?今あったかい紅茶も入れてあげるね。」

私がコーヒーが苦手なことも、ちゃんと覚えている。

「ヒロ…仕事はいいの?」
「大丈夫だよ。ちゃんと調整してあるから」
「でも…」
「リオ?余計なことは考えなくていいんだよ。リオは俺の傍にいてくれるだけでいいの」

首筋に触れるひやりと冷たい感覚。
気温のせいだろうか、人間の体温とはかけ離れていた。

「リオが寝てる間にちょっと買い物してきたんだ。リオに似合うと思って」

首筋に新たな感触が加わった。
それは細く、やはり冷たい。
耳の後ろ辺りでパチンと何かが弾けるような音がした。
僅かな重みが鎖骨にかかる。

「やっぱり!思ったとおりだ。リオは綺麗だから何でも似合うね。これがあれば俺も安心なんだ。いつも繋がっていられる気がする」

細く頼りないながらもしっかりと主張する首筋の冷えた感触は、私を甘美な恐怖へと陥れた。
金属の擦れる音。
私を現実へと引き戻してくれるのは、その微かな不協和音だけだった。

「これで俺も安心して仕事に行けるよ」
「ヒロ…」
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるからね?独りになんて絶対しないから。ご飯もちゃんと作ってあげるし、帰ってきたらお風呂も一緒に入ろう。何も心配しなくていいからね。仕事の間だけ、ちょっと寂しいかもしれないけど、でもすぐ帰ってくるよ」

彼の大きな手が頬に触れる。
今度は温かかった。
先程首筋に触れた感覚とは大きく異なる、人の温かさ。
皮膚を通る神経は研ぎ澄まされ、血液の流れる音さえ聞こえてきそうな気がした。

「愛してるよ、リオ…」

耳元で彼が囁き、手を握る。
耳に触れ、髪に触れ、一つ一つを確かめるように彼の手が私の身体を這い回る。

「綺麗だよ、リオ。すごく綺麗。誰にも渡さないよ。もう帰さない…」

後方で、ガチャリと重く鈍い音が響いた。

「これで大丈夫。ずっと一緒だよ。ずっと…」

体重を少しだけ前方向に落としてみた。
首の付け根に食い込むそれは、ネックレスなどよりはずっと強く太い。
私の首を優しく締め上げるものは、私の体温と同じほどに温まっている。
私はこれを知っている。
この感触を知っている。
人間の一生のうち、おおよそをこれで認識しているであろう視覚を奪われた今、触覚、嗅覚、聴覚は急激に発達していく。
特に聴覚は相手の移動範囲を探るためにより一層敏感になっていった。
そしてそれらによりわかったものは、私は彼の手で繋がれてしまったこと。
首にかかっているものは、恐らく鎖であろうこと。
その鎖を彼は、部屋のどこかに重く冷たい錠で固定した。

「これでリオは本当に俺のものになったよ。どこにも逃げられない。でもあんまり動いちゃダメだよ?危ないからね。綺麗な身体に傷でも付いたら大変だ」

身体の前で組まれていた手は後ろに回され、手首に鉄が食い込んでくるのを感じた。
動かす度にギリギリと手首を締め上げた。

「動かないで!ホントに危ないんだから!」

彼が私を抱き締めた。
私には、動くことも見ることも許されてはいない。
ただ感じることだけが、生きている証なのだと悟った。

「リオ、いい子だね。ちゃんと言うこと聞いて、守ってくれる。優しい子…」

まるで子供をあやすような口振りで、頭を撫でた。
こんなとき、彼がどんな顔をするか、私は知っている。
最初からこうだったわけじゃない。
ある日突然、彼は私の眼を隠し、手足の自由を奪った。
しきりに彼は呟いていた。
吸い込まれてしまう、溺れてしまう。
きっと涙を流しながら、彼は呟いていた。

「俺はね、リオの綺麗な瞳が好きなんだ。大きくて、黒くて、何もかもを見透かしていそうなその目が俺を壊した」
「ヒロ…逃げたりなんてしないから、全部外して…」
「ダメだよ、それは出来ないんだ。ごめんね。こうして繋いでおかないと、隠しておかないと…リオは誰かに連れ去られてしまうよ。だって外は危険がいっぱいなんだよ。こんな美しいものを放っておくわけにはいかない」

首に繋がった鎖を指で弾いているようだ。
その振動が皮膚を伝わり、チャリチャリと音を鳴らした。
私は彼に繋がっている。
この鎖は、彼の心に繋がっているんだと思った。

「ヒロ…お願いだから…」
「ダメだ!そんなことは許さない!リオ…お願いだ。言うこと聞いて…」

きっと彼は泣いている。
私を想って泣いているに違いない。
今更逃げる気など毛頭なかった。
忠実に、彼の元で生きていくことを誓っていた。
私も、狂っていた。
不意に彼の吐息を耳元で感じた。
いつもそうだ。
そっと、気配無く近づいて、私の意識を奪っていく。

「リオ、信じてるよ。リオはいい子だもんね。ずっと俺のものでいてくれるね?いい子にしてるんだよ。いいね?」

私は小さく頷いた。
髪を撫で、頬に触れ、キスをする。
彼の指がゆっくり耳にかかり、目隠しはとうとう外され、長かった暗闇は光に溶けた。
部屋は意外に薄暗く、随分と光から遮断されていた眼球にも刺激は少なく済んだ。

「やっぱり綺麗だ…。この目が俺を惑わすんだ」

まだぼやける視界の真ん中で、彼の姿を捉えた。
出逢った頃と変わらない、優しい顔をしている。

「リオ、愛してるよ。俺たちはこれで、ずっと一緒だ。誰にも邪魔させない。わかってくれ、リオ。こうでもしなきゃ、俺たちに明日はない…」





それからどのくらい月日が流れたかはわからない。
相変わらず私は鎖に繋がれ、彼の帰りを待っている。
手首に食い込む錠は、毎日彼の手によって磨かれ、まるで鏡のように私の背中を映し出していた。
甘美な恐怖…それは私達に見えぬ明日を約束してくれる。
この鎖は、見えぬ明日までをも、繋ぎ止めてくれているのだ。







  


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2012年01月13日

永遠に紡ぐ物語

二人はかけがえの無い時間を過ごした。
決して結ばれることは無いと、わかっていた。
それでもどうにもならず、流れる気持ちを止めることも不可能だった。

「逢いたいね」

これが彼らの口癖だった。
容易に逢うことは叶わず、時間の隙間を読んで、僅かな愛を囁くことでお互いを確かめ合う日々。
欲求は溜まる一方だった。
それでも二人は、世の中の誰よりも愛し合っていた。

「私たちはさ、生まれる前からこうなるって決められていたんだと思わない?前世でもきっと一緒だった。その記憶を本能で覚えてて…。来世で必ず一緒になろうって約束したんだと思うな。」

彼女は言った。
そのとき彼は、なんとも言えない優しい、そして哀しい顔をした。

「それなら神様は、なんて意地が悪いんだろうと思うよ。」

悔しさで涙が堪え切れない。
彼も彼女も、よく泣きよく笑う。
同じ時間を同じ感情で生きていた。
それが自然で、当然のことだと二人でよく話をした。
あらゆるものを共有し合い、あらゆる感情を分け与え、二人が持つありったけの愛情を交換し合う。
けれど流れに逆らうことはしなかった。
逢えないことも受け入れ、環境や状況を優先した。
出会ってすぐの約束事だった。

「無理な時は無理なんだ、ごめん。」

そんな時が幾度と無く訪れた。
その度、身を引き裂くような想いで繋いだ手を放す。
彼女は右手を、彼は左手を。
身体の一部を引き千切るような想いで手を離した。

「いつも痛くなる、心が。胸が押し潰される。頼む、お願いだ。傍に置いておきたい。」

彼はいつも願っていた。
そして彼女もまた、願っていた。

「貴方の心臓に私はなりたかった。私が貴方を生かして、貴方が私を大切に思う。私は貴方の心臓になりたかった…。」

彼らはいつも泣き笑う。
悲しみを受け入れ、時に快楽を貪りながら笑った。
そして泣いた。
叫んだ。
愛が欲しい、と。
夢でもいいからと、泣いた。
彼らの愛は決して終わることは無く、果て無き永遠と続き、彼ら亡き後も来世まで彼らの意志は受け継がれ、重なり、世界の誰よりも繋がり続ける。
彼らは言う。

「私たちは、こうなるべくして生まれた。出逢うべくして出逢った。でなければ、こんなに求め合えるはずが無い。こんなに響きあうわけが無い。」


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今私達がこうして傍にいるのは、彼らがいたからかもしれない。
私達が小さな細胞にすらなり得なかったずっと前に起きた奇跡。
約束と言う名の軌跡。
彼らが長い年月をかけて繋ぎ合わせ、育てて来たものを今、私達は受け継いだ。
貴方達の意志は必ず掬い取るから。
だからきっと見ていて。
貴方達の意志が実り、形になる瞬間を。


前世、現世、来世…
語り継がれるものはみな永遠を紡ぐ。




  


Posted by NOR at 22:43Comments(0)